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寒いですねー

雨です。

今日は松本芸術館にお出かけです。
姉から太鼓の発表会?のチケットを貰ったので 母と龍之介と聴きに行きます。

子供ってなんでも音楽なら好きなのかなーと思っていたけれど、
子供向けでも まったく関心を寄せないものもあったりして。

太鼓は迫力があるし、チケットを見て居ないので 演奏方法かは知らないけれど、
踊りなんかしながらの演奏だときっと喜ぶに違いない。
何より私が結構好きなのです。
火焔太鼓とかいいですよね。躍動感が。

私の聴く曲の影響もあるのか 私が好んで聴く空気を漂わせるからか
同じ音楽が好きです。

龍之介が最近好きなのは
ビリージョエル。
honestyなんかは 真似をしてます。
弾き語りの。

ドリス・デイ のケセラセラは 「ケセラセラ―」の「ラー」の部分でいかにも歌っているように
大きな口を開けて「エアカラオケ」をしています。

なかなか見て居て面白い。

しかし ちょっと気になりだした

「おいちゃん」もしくは「じっちゃん」

・・・あたしゃお母さんだ!!

今も「おぅーい じっちゃーん」と肩をトントン叩く。
絶対に振り向かん!!!

まぁ、今のブームであろう…。気にしない 気にしない…。


地震が起きてから、心配で被災地の情報を見る。聴く。
普通に暖かいご飯を食べながら。
その やってる事と心境のギャップで なんだか 申し訳ないような気持ちで食べる事がある。

ただ、良く聴く「TVを見て居ても暗い気持ちになるだけだから」には違和感がある。
だって、それが今の事実で その中で暮らしている人も居て。

その現実を知って、噛みしめて 自分なりに消化して 強く居たいものだと思う。


夕べ旦那にも話しましたが
これからの日本を支えるのは 自分たちは勿論、子供達もその役割は担っている。
今回に限らずね。
この重みを 忘れかけて居たんじゃないかと思う。
口では言ってても。
社会、政治、家庭、全てで。
最終的に自分の事ばっか。

子供を授かって育てていく重み・・・つまり社会の一員として存在している自分の存在の重み を 再度考えた今回の地震でした。


「生きて行く」って言う部分において 要らない感情って結構沢山持っていたんだと知る。
シンプルな感情で生きるって 素晴らしいのだなぁ。

動物って やっぱり素晴らしいよね

ただ生きて 仲間と助け合って、子供を守って。

人間が一番偉いって勘違いしているけれど、人間なんか同じ仲間同士で殺し合ったり傷つけあって。
動物がそれをやる時は「部族の秩序を守る時に その相手だけ」としか戦わない

同じ地球の上で
ある場所では1人の命でも助けようと土を掘り起こし、
ある場所では人の命を守る為に放射能の危険に身をさらし、
ある場所では爆撃で丸腰の市民が死んだ。

なんだこの矛盾。

未消化な気分なのは こういう矛盾があるからだろう。

でも その気持ちを産む原因も相手が大きすぎて結局「そういう世界もあるのだ」と思ってこれからも生きて行くのだろう。勿論 そんな戦争のある世界なんか望まないのに。
そのシコリは きっと心の中のガンみたいになって 残って行くのだろうな。

でも あたしゃ負けませんよ。

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